きっかけ
「 EU 欧州統合の現在」が7年ぶりに改版され、第4版として刊行されました。学生時代からEU政治に関心を持つ身としては、これだけでも十分な購入動機となり得ます。しかし、今回はさらに強い動機がありました。それは、編者が私の恩師である同志社大学法学部政治学科教授の鷲江義勝先生に代替わりしたことです。
「あの鷲江先生がそんな大御所になったのかぁ」
と、わずか4名の鷲江ゼミを思い出しつつ、先生の経歴を見返して驚きました。先生は1960年生まれ、なんと今年還暦ではありませんか。2003年当時、私たちゼミ生は、京都駅八条口のホテル京阪のビアガーデンで小ぢんまりと飲み会を楽しみました。その時の先生の格好は、同志社大学法学部による教員紹介ページと同じく、ポロシャツに短パンで、どこからどう見てもただのオッサン。有名私大の助教授(当時)にはまったく見えませんでした。その先生がいつの間にか教授に昇格し、定評あるEU専門書の編者となったことを、私はとても喜んでいます。
どんな本?(はじめにより引用)
- 第1作に当たる『ECー欧州統合の現在』以来一貫して、EUの基本構造を明確に示すとともに、今のEUの姿を明らかにすることを目指している。
- 第3版から7年ぶりとなる今回改訂では、種々のデータを一新するのみならず、ブレグジット問題など、現在のEUが抱える問題を解説する章を新たに設け(第2章)、近年顕在化してきた諸問題とEUによる対応を示した。さらに第3版では十分に論じることができなかった競争政策や共通通商政策に関するセクションも拡充し、結果的に相当の改訂となった。
- 本書を通して、少しでも多くの読者のEUの現在の理解に貢献できれば幸いである。
私の関心事
私は、鷲江先生へのご祝儀のためだけにこの本を買ったわけではありません。私が第4版で読みたかったのは、①ブレグジットをどう説明しているか ②EUの拡大と深化を今も楽観視しているのか の2点です。以下、この2点についてのメモを記載します。
①ブレグジットをどう説明しているか
- イギリスは1973年にECに加盟したが、1975年にEC国民投票が行われた。投票数ヶ月前の世論調査では、離脱が残留を上回っていた。しかし、結果は残留67.2%、離脱32.8%と逆転した。その要因の一つは、ECとの交渉でより良い加盟条件を獲得したウィルソン労働党首相によるアピールが奏功したためである。
- 一方、2016年、キャメロン首相はウィルソンと同様に加盟条件の再交渉で世論をEU残留に動かすことを狙ったが、うまくいかなかった。それはなぜか?
- 移民問題―2016年の国民投票では、移民流入に対して不安感をもつ人々の多くが、移民抑制にはEU離脱が不可欠という離脱派の主張に耳を傾けたため
- 新聞報道ー2016年にはかなりの新聞がEU離脱を呼びかけたため
- 経済界の分裂―必ずしもEU残留で一枚岩ではなかったため
- UKIPの存在ーファラージ投手が離脱キャンペーンに加わったことで、離脱派のインパクトが1975年とは桁違いに強力なものとなったため
- イギリス国内市場の一体性を維持しようとすれば、北アイルランドとアイルランドとの国境は硬い国境とならざるを得ない
- 国境での自由な往来を可能とするためには、北アイルランドをEU市場と関税同盟に残留させ、通関手続きをイギリス本土と北アイルランドの間で行わなければならない
- 以上2つのシナリオがいずれも容認できなければ、EU市場と関税同盟からの離脱という目標自体を放棄しなければならない
- この問題を解決する離脱協定案は議会の採決に3度かけられたが、いずれも反対多数で否決された。これを受けて、メイ首相は離脱期限の延長を申請し、新たな期限は2019年10月31日となった。
- メイ首相の後任であるジョンソン首相は、新たな枠組みを提示した。その内容は、イギリス全体が法的にはEUの単一市場と関税同盟から離脱するが、アイルランド国境での通関手続きや検査を回避するために、イギリス本土と北アイルランドの間で通関手続きと検査を実施するというものであった。
②EUの進展を今も確信しているのか
第3版の内容から、私は執筆陣がEUは進展するという確信に近い信念を持っていると感じました。EUは過去に何度も危機を迎えた。しかし、臨機応変で弾力的な運用によって危機を乗り越え、深化と拡大を果たしてきた。だから、今後もEUは進展する、というわけです。
しかし、第3版が出版されたのは2012年10月。その後ヨーロッパでは、ギリシア経済危機、ブレグジット、移民問題など、非常に大きな問題・課題が生じました。
これらを目の当たりにした今、それでもなお執筆陣がEUは進展するとの信念を持っているのか。これが私の関心事です。本書にざっと目を通した私は、執筆陣がEUの進展に対して少し慎重な見方を示すようになったと感じました。以下、これに関する記述を抜粋してメモとします。
- EUが直面する試練は実にさまざまであるが、それらが直接EUの崩壊につながるわけではない。むしろこれらの試練にEUが対応するように求められるものもある。しかし、最後に指摘したEU内での価値観の違い(※難民の受け入れ対応で明らかとなった、西欧と東欧の価値観をめぐる亀裂)は、EUでの根本的な相違であり、今後のEUのあり方そのものをめぐる論争に発展する可能性があることを指摘しておきたい。(P. 39)
- イギリスのEU離脱は、イギリスだけでなくEUにとっても、大きな転換点となる可能性を秘めた重要な政治的出来事であることは間違いないであろう。(P. 50)
- 「異論」とも真摯に向きあう寛容さと、EUのあり方を再帰的に問い直す謙虚さが試されているのかもしれない。(P. 59)
- 金融危機や政府債務危機を経験し、EUは危機防止の対策を行ってきた。しかし、それによっても構造的な経済不均衡を解消するまでには至っていないのも事実である。(P. 187)
- (地域政策は)市場統合や競争を追求するEUにおいて、EUの結束や連帯に大きな役割を果たす政策となっている。(中略)EU経済の構造的な脆弱性が露呈して統合の綻びが現れはじめている今日において、とくに統合の求心力を高める役割が期待される。
- リスボン条約後、(中略)第三の柱という特別な枠組みは取り払われた。その影響は大きく、リスボン条約発効から約10年が経過した今日、本節でみたようにEUの刑事司法協力は著しい発展を遂げている。(P. 210)
- EUは人権を重視した外交を展開し、理念的な価値を共有する共同体としての存在感を示してきた。しかし、2章3節で紹介した難民保護制度をめぐって、EUは国際社会から自らの姿勢を問われている。(P. 218)
- EUは公正で開かれ、かつルールに基づいた自由貿易の重要性を訴え続けてきた。保護主義に傾くアメリカとは異なり、開かれた経済の擁護者としての立場を堅持する考えをEUは示している。先行きの不透明性が強まる中、EUはこの立場を維持できるのか、EUは正念場に立たされている。(P. 226)
- しばしばCSDP(共通安全保障・防衛政策)の弱点が指摘されるが、EUが可能な限り機構整備を実施し、限られた資源・装備を活用しながら30を超えるミッションを展開してきたことは、むしろ評価に値するのではなかろうか。(P. 240)