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歴史や政治を中心に本の要約を紹介します。たまにゲームレビューも。

新しい世界史へ

 

新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)
 

きっかけ

私にとって、高校時代に履修した世界史は特別な存在です。なぜなら、世界史は受験生としての私の持ちうる最大の武器だったからです。センター試験本番では91点と、結果的には振るわず、満点を目指していた私はひどく落ち込みました。しかしながら、模試で常に高得点を取り、それが志望校の合格判定を押し上げたことが、受験生である私を最後まで勇気づけたことは間違いありません。

また、法学部法律学科に進みながら、法律学に活路を見出だせなかった私を政治学科へ導いてくれたのも、世界史でした。高校世界史の知識をベースに国際政治学への関心を深めた私は、今でも歴史や国際政治の本を斜め読みしては、こうして読書の記録を残しています。

こうして、世界史は今でも私にとって特別であり続けています。そんな私ですから、「新しい世界史」と聞けば、むむっ?と興味を惹かれるのも自然なことです。一体どんなことが書かれているのか、ドキドキしながら読み始めました。

著者は?

どんな本?

「現在私たちが学び、知っている世界史は、時代に合わなくなっている。現代にふさわしい新しい世界史を構想しなければならない」との危機感に基づき、世界の歴史学者に対し、「新しい世界史」の必要性を訴えるものです。

著者が説く「新しい世界史」とは、こういうものです。

  • 地球社会を対象とする世界史
  • 地球市民が共有するべき世界史
  • 世界中の様々な人々への目配りを怠らず、彼らの過去を描くもの
  • 世界がひとつであることを前提として構想され、それを読むことによって、人々に「地球市民」という新たな帰属意識を与えてくれるもの
  • 人々が共同で難問に立ち向かうための知識の基盤を形成すべきもの

では、今ある世界史は何が問題なのか。著者はそれを第2章で詳しく論じます。そしてその説明の最後に、問題点を次の3つにまとめています。

  1. 現行の世界史は、日本人の世界史である
  2. 現行の世界史は、自と他の区別や違いを強調する
  3. 現行の世界史は、ヨーロッパ中心史観から自由ではない

感想

  • 序章「歴史の力」、第1章「世界史の歴史をたどる」、第2章「いまの世界史のどこが問題か?」まではとても興味深く、そうそうと頷きながら読みました。その理由は、冒頭に述べたように、私が高校世界史の虜だったからです。高校3年生の当時、私は少なくともセンター試験レベルの世界史をほぼ理解していました。あれから20年近く(!)が経過した今でこそ、かつては秒で答えられた無数の人名や出来事は、情けなさすら感じないほどに脳内からほぼほぼ消え去っています。サファヴィー朝ってなんだっけ、という具合です。しかし、自分が勉強した世界史がどんなものであったかは覚えています。その世界史、私が慣れ親しんだ世界史が、実は上記の3つの問題点を抱えていると、著者から鋭く指摘されたわけです。「そうなのか!」「確かに、言われてみればそうだ」と驚かずにはいられません。
  • 第2章で現行の世界史の問題点が明らかとなったからには、「じゃあ新しい世界史ってどんなだ?」と期待を抱かずにはいられません。しかし、続く第3章「新しい世界史への道」、第4章「新しい世界史の構想」において、残念ながら具体的にそれがどのようなものなのかは語られません。特に第3章においては、世界システム論、周縁から見る世界史、環境史、モノの世界史、海域世界史と、近年登場し、ベストセラーにもなった「世界史本」を取り上げ、その長所や魅力を讃えてはいるものの、短所や不十分さも挙げ、どれも「新しい世界史」たり得ないと評しています。
  • 第4章の冒頭で、著者は「ここまで先人の貴重な研究成果を散々辛口に評価しておいて、自分は具体的な考え方をはっきりと示さずに頬かむりしているわけにはゆかない」と述べています。全否定で終わらない、著者の責任感と覚悟にホッとしました。そして、「そこで、以下では、これから私自身が新しい世界史を記すとすれば、どのような構想の下でどのようなアプローチを用いるかということを、概略的に提示してみることにしたい」としています。しかし、その内容はかなり専門的です。このことから私は、ここで著者が構想を提示している相手は、単なる歴史好きである私のような一般読者ではなく、歴史学者であると理解しました。
  • 私の理解では、本書の執筆動機は歴史学者に奮起を促すことです。一般読者の啓蒙ではありません。「新しい世界史って具体的に何?」と私のように即物的な理解や実益を求める読者は、物足りなさを感じてモヤモヤしたまま本書を閉じることと思います。
  • 本書が出版されたのは2011年、そろそろ10年が経過します。さて、著者の問いかけは、日本あるいは世界の歴史学者をどれくらい動かしたのでしょうか。具体的にどんな成果物が生まれたのでしょうか。未来の高校世界史は、著者が提唱したものに近づいていくのでしょうか。私はそれを気長に見守りたいと思います。