きっかけ
引き続き、イスラームを知るために購入しました。
著者は?
- 東長靖
- 1984年東京大学文学部卒、同大学院宗教学専攻博士課程満期退学、東京大学文学部助手、1992年東洋大学文学部専任講師、97年助教授、1998年京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科助教授、2010年教授。
どんな本?
- テロ、狂信、聖戦…血なまぐさいイメージに彩られるイスラーム世界像。童謡「月の砂漠」やアラビアン・ナイトにみるエキゾチックな憧れに満ちたイスラーム世界像。まったく相反するかにみえるこの両者に共通しているのは、イスラームは我々とは異質な、理解不能で縁遠い存在だという思い込みである。本書は、戒律はなぜあるのか、など基本的な問題を考えながら、我々にも理解できるイスラームの実像を、分かりやすく説き明かす。
感想
- 100ページに満たない小書ではあるが、イスラーム理解に必要な用語や概念を非常にわかりやすく説明している。イスラームを学ぶ第一歩にうってつけ、いちばん最初に読むべき1冊である。
- このわかりやすさの要因となっているのが、著者による絶妙なたとえ。「ザカート」を公共福祉税に、戒律を予備校に、イマームを戦前日本の天皇に、カリフを戦後日本の首相に、ウンマを風呂敷に、カリフを風呂敷の結び目にたとえる著者のセンスが本書の魅力である。
- 上述のたとえ話の他、著者提供のキーホルダーやステッカーの写真が、目の前で先生の話を聞いているような親近感を呼び起こす。
メモ
- 目には目を、という言葉の意味は、やられたらやりかえせ、という意味ではなく、むしろ過剰報復を禁じたものだ。
- イスラームはこの同害報復の権利を認めるけれども、その権利を放棄する(つまり相手を許す)ことをむしろ勧めている。
- 「イスラーム」は元来、「自分のすべてをだれかに委ねること」を意味する。
- クルアーンは、単語数77,460、文字数では321,250にのぼる。
- 現在のイラン人の大多数がシーア派に属することは事実だが、だからといってシーア派信徒がすべてイラン人だということにはならない。
- イランがシーア派を国境とするようになるのは、16世紀のサファヴィー朝の時代以降であり、それ以前のイラン人は基本的にスンナ派であった。