本・ゲ・旅

歴史や政治を中心に本の要約を紹介します。たまにゲームレビューも。

多類婚姻譚

 

 

 

2020年代半ばの結婚にまつわる短編集。と紹介するのは簡易にすぎる。なにしろ凪良ゆうだ。一筋縄でいかないに決まっている。

1つめは38歳で大企業の課長に異例の昇進を果たした女性の物語だが、おれはまんまと騙された。何に騙されたのかはあえて書き残さないが、騙されたことにおれは悔しさを覚えた。そうか、おれの中にも…。世情を理解しているつもりになっているおれは、作者から顎にカウンターパンチを食らって、三半規管ががくがくと揺れるような感覚がまだしている。

2つめは、27歳の派遣の女の子の話。地方から上京し、大企業に勤めている。勤務先の優良物件(死語?)との結婚を夢見て、倹約しつつ自分磨きに努力し、時に彼氏に振り回されながら自分の気持ちを押し殺しながら生活している。時折実家から届く米はありがたいが、父の手紙はいつも同じことばかりでうっとうしい。そんな主人公である。おれはこの女の子に同感してしまって、苦しくなった。東京に生まれ育った実家の太い余裕のある若者たちと対等に振る舞うなんて、同じく地方育ちのおれには無理だなとはっきり自覚したからだ。そうか、この感覚はおれが大学に進学したときのものと酷似しているのだ。大学受験の苦労を知らず、中学校からの確固とした友人関係を土台に青春を満喫する彼らとは対象的に、学校の行き帰りも昼食も講義も独りぼっち、ネットの世界の片隅に辛うじて居場所を確保しながら、初めて目の当たりにする格差を呪っていた自分。あぁ、心を揺さぶられている。

3つめは、離婚して実家に戻り家業の書店を継ぐ女性。これはひたすら温かくて、安心して読める。主人公がそこまで自分を追い詰めていないところがよい。報道されるところではこのご時世どの書店も暗い話しかない。だから、今どきこんな穏やかな書店があるのかなと逆に現実離れしすぎているように感じるほど、主人公は上手に無理せずブックカフェへのリニューアルを進めている。こういう話を読むたびに、自分は成果や出世に興味がないんだなと自覚を強める。ミッドライフクライシスかなぁ。天ぷらが食べたくなる。

一つ一つの物語は現代の話なのでとっつきやすい。が、中身は非常に重たく、胸にのしかかる。読んでいるうちに胸がどくどくして、苦しくなってくるのだ。そしてそれは、登場人物の中に自分との一致や類似を感じるからだろう。過去の自分、今の自分、次々に思い出して、嫌になる。もうやめて、読書をやめたい、とすら思う。せめて本作で賞をとってほしい。

嘘をもうひとつだけ

 

加賀が登場する短編集。単行本で読んだかと思うが、数年前に売ってしまって手元になく、読めなくて残念に思っていた。お盆に行ったブックオフで目に入ったのでぱらぱらと読んでみたら、全く記憶にないし、120円だし、これはいい機会と思い、買った。

最初の短編はバレエが題材。娘たちがバレエを習っているので、バーレッスンやトウシューズをありありとイメージできる。昔読んだときにくらべて、自分の理解度が格段に高まったのを感じた。人生経験によって読書体験が変わることもあるんだなぁ。いわゆる倒叙モノで、読者は加賀のキレを目の当たりにすることになる。その切れ味は古畑任三郎もかくやだ。

全5篇、すべてが珠玉、傑作揃い。改めてそう確信した。短編集なのでそれほど注目されていないが、加賀恭一郎シリーズの中でも屈指の完成度だとおれは思う。これが500円(税別)とは、破格である。

私はなぜカウンセラーになったのか

 

 

総勢20名の著名な学者やカウンセラー(2002年時点で)が、自身の半生を振り返って記述したものを集約した本。

なぜこれを買ったのかというと、おれは人の過去に強い興味があるからだ。実際に読んでみて、人の過去には色々あるもんだなぁとしみじみ感じた。まず、何事もなく心理学や精神医学の道に進んだ人がいない。親を早くに亡くしていたり、いじめられる経験をしたり、終戦で価値観を大きく揺さぶられたり、大学受験に失敗して学部を変更したりと、何かしらの出来事を経験しているのだ。『みんな苦労されてるんだなぁ。おれなんか大したことない方かも?』などと自分を客観視する機会を得た。

ゼルダの伝説 風のタクト

 

Nintendo Switch Onlineにて約20年ぶりにプレイしてまず感じたのは、こんなに面倒くさいゲームだったのか、ということだ。

まずカメラ。空間が狭いので、カメラを自由に動かせないし、カメラが近すぎる。カメラ調整が頻繁に発生し、非常に煩わしい。次に、ジャンプして飛び移る箇所で、落ちたらやり直しの作業がたくさんある。スティックの操作性が悪く細かな操作がしづらいのがストレス。これはマリオサンシャインと同じ問題である。バトルもストレスだ。リンクの攻撃の射程が極端に短いためイライラが溜まる。その上、先述のように空間が狭いせいでカメラがぐるぐる回ることがあり、自分が何をしているのかわからなくなる。蛾のような虫が噴き出してくる謎の黒い目玉が気持ち悪いのは、デザイン面でなにかおかしいと感じる。

これらは20年前なら許容範囲だっただろうか?

しかし謎解きは面白い…と言えればよいが、謎解きも大したことない。なるほどーと感心するようなものがなく、『これはきっとこうするんでしょうな』と簡単に予想がつくので、作業感が強まってくる。

音楽は海原や島など名曲がある。特に海原は発売当時、公式サイトで流れる仕様になっており、スピーカーに繋いで繰り返し繰り返し聴いていたのを思い出す。一方で、ダンジョンはほぼ無音で寂しい。

ムジュラからわずか2年でのリリースでは、任天堂の開発者自身がゲームキューブの能力を引き出せず、アイディアも消化不良に終わったのだろう。発売スケジュールにこだわって、品質が犠牲になった残念な典型例だ。

全体的に中途半端な作品である。発売直後から暴落して1,980円で投げ売りされたことに、今更ながら納得せざるを得なかった。

永遠の記憶

 

永遠の記憶

永遠の記憶

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会社帰り、駅の三省堂書店で購入。帰りの電車で読み始め、その日のうちに、おおよそ3時間ほどで読了した。

東野圭吾の遺作となってしまった本作は、シリーズ第1作から30年近くが経過したという設定で、草薙は早期退職を考える管理官となっていた。えっ、30年も経ったの!?と声が出そうになった。

かつてのガリレオシリーズは科学や完全犯罪の匂いがぷんぷんしていたものだ。それが最近は、ガリレオですら「親子もの」「子を思う親の愛」の物語が中心になっていた。物理学の知識をフル活用して謎を解く湯川学に惚れ込んでいた私は、正直言って最近の路線に辟易していた。しかし今思えば、この変化は東野圭吾自身の病が少なからず影響したのだろうと想像せずにはいられない。本作のエピソードの題名は、『履歴る』『終活る』である。およそガリレオらしくないとさえ感じるこのネーミングに、胸が痛む。

もう一つ驚いたのは、内海薫が結婚して子どもまでいること。「夫」や「息子」という発言が突然出てくるのである。あれっそんな話があったっけな?もしや相手は湯川学?過去作に読み飛ばしがあったか?などと焦った。東野圭吾が存命ならば、いずれ続編の中で「夫」の正体が明らかにされただろうと思うとこれも残念だ。

そして本作最大のサプライズは、なんと言っても『容疑者Xの献身』に対する批判に真正面から解を出したことだ。終盤に突然『容疑者Xの献身』のあらすじが始まり、石神哲哉との手紙のエピソードまで出てくるので、一体何なのかとドキドキした。きっと、東野圭吾が存命中に決着をつけたいと考えたんだろうなぁ…。これはXでも既に話題になっている。東野圭吾があの世からSNSを眺めてほくそ笑んでいたらいいな。