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イスラーム文化

 

感想

  • 十数年前、名著と評判だからという理由で買ったものの、まったく太刀打ちできませんでした。前提となる基礎知識がまったく不足していたからです。
  • しかし、イスラームの歴史や政治や文化を多少わかった今、ほとんど抵抗なくすらすらと読める自分に驚いています。読書の蓄積が無駄ではなかったと実感した瞬間です。
  • これまでの読書では、主に歴史の事実を追ってきました。ムハンマドがいついつに神の啓示を受けた、622年にメッカからメディナへ聖遷した、その後ナントカという王朝が興っては滅び…という具合です。
  • これに対し本書は、イスラームの思想に分け入るもの。
  • イスラームは現世志向で、共同体の中では公平・平等、神が絶対的な存在、といった点が印象に残りました。
  • ここまで深くひとつの宗教を理解できたのは、イスラームが初めてです。
  • 第3章はスンナ派シーア派の思想を比較しています。言うまでもなく、近現代の国際関係を理解する上で、必要不可欠な知識・理解です。よって非常に興味のある内容でした。
  • しかしながら、概念的というのか哲学的というのか、私にはあまりピンとこない説明でした。砂漠に吹く砂嵐の向こうにある何かを捉えようと目を凝らすけど、ぼんやりしてよく見えない、そんな感覚です。これからも読書を積み重ねていけば、やがて第3章もすらすらと読めるようになるのかしらん。
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メモ

  • ムハンマドは砂漠的人間ではなく、メッカとメディナという当時としては第一級の国際的商業都市の商人である。『コーラン』の表現法、考え方が全く都市の商人のそれである。
  • イスラームは最初から何よりも相互の信義、誠、絶対に嘘をつかない、約束したことは必ずこれを守って履行するということを、何にもまして重んじる商人の同義を反映した宗教だった。また、都市の複雑な
  • イスラーム文化は、複雑な内的構造をもったひとつの国際的文化である。
  • イスラーム文化は様々な要素を内に含んているにもかかわらず、全世界のイスラーム教徒は、自分たちは一つの共同体だという自覚をもっている。
  • イスラーム文化の根柢にあってすべてを統一しているのが『コーラン』というただ一冊の書物である。
  • ハディースとは、預言者ムハンマドの言行録であり、実際上ほとんど『コーラン』と同じほどに神聖視される、第二次的な聖典のようなものである。
  • ヴェーダ』『旧約聖書』『新約聖書』は多層的構造であるのに対して、『コーラン』は神の言葉だけをそのまま直接に記録した聖典として完全に単層的である。
  • イスラームは、原則的に聖と俗との区別を立てない。聖俗をまったく区別しないイスラームでは、僧侶階級というものは存在しないし、存在できない。
  • イスラームは『コーラン』を中間項として結ばれた神と人間とのタテの関係、垂直的関係である。
  • アッラーはその人格性、唯一性、全能性の3つで特徴づけられる。
  • メッカ期のイスラームを支配しているのは、暗い世界観、暗い人生観、終末論的な怖れである。
  • これに対し、メディナ期のイスラームは、否定から肯定へ、消極性から積極性へ、大きく転換する。
  • イスラームでは嘘はよく盗賊にたとえられる。
  • メディナ期において、イスラームは社会性を帯びて、一つの社会的宗教に転生していく。
  • イスラーム共同体の統一原理は、自分たちはこのタテのヨコの契約を通じてまったく一つの宗教に参与している、同じ一つの信仰に生きているのだという宗教的連帯意識である。
  • 信仰共同体か出現した
  • イスラームは血縁意識に基づく部族的連帯性という社会構成の原理を完全に廃棄し、その代わりに唯一なる神への共通の信仰を、新しい社会構成の原理として打ち出した。
  • イスラームの最も顕著な特徴の第一として、普遍性あるいは世界性が挙げられる。イスラームが血縁関係を社会構成の至上の原理とすることをやめて、代わりに共通の信仰をその位置に据えたことはイスラームに普遍性、一般性、世界性を与えることになったのである。
  • イスラーム共同体は神によって選ばれた特別の人間集団である、という観念に選民思想の要素がある。
  • イスラーム的、ユダヤ的、この二つの選民思想のあいだには根本的な違いがある。
  • ユダヤ選民思想には、一種異様な神秘的忘我、陶酔がある。ユダヤ共同体は、民族性の激しい情念に支えられたひとつの情的共同体であり、民族的に閉ざされた、密閉された共同体である。
  • これに反して、イスラームの共同体は、開放的であって、排他的でない。誰でもその一員になることが許される。
  • イスラーム共同体の大きな特徴は、それにいったん入ってしまえば、すべての人は互いにまったく平等になるということである。
  • イスラームには組織的な宣教活動は全くない。
  • 元来イスラームの基礎には一つの根本的宗教概念として、「聖典の民」あるい「啓典の民」という考えがある。
  • 啓典の民」は、イスラームに反抗しない限り、みんなイスラーム共同体の内部構成員として共同体のなかに一定の位置を与えられる。
  • イスラーム共同体は、単にイスラーム教徒だけでできている共同体ではなく、イスラーム教徒がいちばん上に立ち、その下に複数のイスラーム以外の宗教共同体を含みながら、一つの統一体として機能する大きな「啓典の民」の多層的構造体である。
  • イスラームは原則的に強制改宗を嫌い、どこまでも説得でいくのが原則。
  • イスラームを信奉しない「啓典の民」から入ってくる税金こそ、形成途上にあった帝国の国庫の最大の財源だった。
  • 元来、イスラームには原罪の観念が全然ない。人間の本性は清浄で汚れなきものであるとイスラームは考える。また、イスラームは輪廻転生を絶対に否定するのて、前世でおこなったことの業を運命的重荷として背負っているという思想もない。
  • 聖俗を分離することなしに、しかもイスラーム社会を科学技術的に近代化することが果たしてできるだろうかーーそれが現在すべてのイスラーム国家が直面している、いやでも直面せざるをえない、大問題なのである。
  • イスラーム法では、五つの最も基本的な倫理的範疇を定める。
  1. 絶対善。それをすれば賞されるが、しなければ罰せられる。
  2. 相対善。それをすることは望ましいが、しなくとも別に罰せられはしない。
  3. 善悪無記。したからといって賞されもしないし、しないからといって罰せられもしない。
  4. 相対悪。法はそれを是認しないが、たといしても罰を受けるまでには至らない。
  5. 絶対悪。絶対にしてはいけない行為、すれば罪を犯すことになる行為。
  • イスラーム法とは、神の意志に基づいて、人間が現世で生きていく上での行動の仕方、人間生活の正しいあり方を残りなく規定する一般的規範の体系である。
  • これに正しく従って生きることが神に対する人間の信仰の具体的表現となる。
  • イスラーム法は、全体として、命令と禁止の体系である。
  • イスラーム法は第一義的には人間の、というよりも共同体のモラル、つまり人間をその社会性において道徳的に規制する社会生活の規範体系である。
  • イスラーム法は、社会生活から家庭生活の細部に及んで詳細に規定している。
  • メッカ期のイスラームは一つの信仰体系として有機的に組織され制度化された歴史的宗教ではなくて、人間個人個人の生々しい宗教的実存のあり方に直接につなかるものである。
  • シーア派の人々には、イスラームの歴史そのものが正義に反する、歪められた、間違った歴史であり、自分たちは根本的に間違った世の中に生きてきたのだし、いまもなお生きているのだという感覚が彼らの深層意識に常に伏在している。
  • シーア派は、その根本的立場上、聖と俗をはっきり区別する。
  • スンニー派の見方では、現世がそっくりそのまま神の国である。
  • イランの十二イマーム派は、人類の歴史にシーア的世界全体の霊性的最高権威者が12人だけ現れたと信じる人々である。
  • 思考においては徹底的に論理的、存在感覚においては極度に幻想的、その2つを1つに合わせたものが、一般にイラン的人間の類型学的性格である。
  • 現世に不在のイマームに代わって実際にシーア的世界を治めうるのは、①知徳衆に優れた最高のシーア派の学識経験者、②シャー(王)である。
  • イラン民族の心の奥底には、あのアケメネス朝の記憶、ササン朝の王政文化の華やかな追憶、サファヴィー朝の「イラン文芸復興」の光輝ある文化の記憶も新しく、偉大な王者の政治に対する強い憧れがある。
  • イマームと呼ばれる神的人間の存在を認め、それをすべての事の根柢とするシーア派は、それだけキリスト教により近いと考えてよい。
  • つねに危険視され、迫害されつつも、スーフィズムイスラームに精神的深みと奥行きを与えることによって、イスラーム文化の形成に重大な寄与をなしてきたことは、疑いの余地がない。
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