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現代ロシアの軍事戦略

 

感想

最近よく見かける表現をそのまま使えば、「物事の解像度が上がった」。私が比較的興味関心を持って求めてきたのは、日本、アメリカ、西ヨーロッパが中心であって、ロシア情勢については日露国境交渉や佐藤優の書物を通じて、襖の隙間から覗き込むかのような、ごくごく限られたものを文字面だけ追跡しているに過ぎなかった。しかしながら本書は、2014年のウクライナ侵攻を起点に、軍事的専門用語と説得的な解説を駆使して「現代ロシアの軍事戦略」に関する確かな理解を提供してくれた。今回は珍しく手書きでメモを取りながら読み進めたが、A5の紙になんと6枚にわたってせっせと書き散らしながら、最後まで一気に読み切ってしまった。今年の最も印象に残った1冊になる可能性大。

メモ

  • 冷戦後、大国同士の総力戦の時代は遠くに過ぎ去ったと見られた。だが、2014年にロシアがウクライナクリミア半島を占拠し、ドンバス地方の紛争が始まった。2015年にはシリアに軍事介入した。
  • 2010年代は、既存の秩序が大きく揺らいだ。ポスト・ポスト冷戦時代という混沌。
  • なぜ軍事バランスでは米国に対し劣勢のロシアがこのような振る舞いに及び、成果を収めることができたのか? → 古典的な軍事力の指標だけでは測れない要素が働いているのではないか。
  • テクノロジーは戦争を変えるか? → 新興テクノロジーの出現は自動的に戦争の変容を意味するものではないし、勝利を約束するものでもない。
  • ロシアが技術的に劣勢であるならばあるなりに、なにがしかの対抗策を編み出す。この点に現代ロシアの軍事戦略を読み解く鍵が存在する。
  • NATOの拡大はロシアにとって国家安全保障上の脅威。具体的には、
  • ①戦略縦深の喪失(戦略縦深=広大な空間を保持することで敵の侵略に対しより有利な対応を取るための時間的余裕として機能させること)。東欧諸国とバルト三国NATOに加盟したことで、ロシアの戦略縦深は1000〜1400kmも東へ。ベラルーシNATOが直接国境を接する。
  • ②東欧や旧ソ連諸国に対するロシアの影響力を大きく損なう出来事。
  • ③「大国」としての地位に対する脅威そのもの。
  • ロシアの基本方針:ロシアの「勢力圏」を脱出しようとする国があれば、軍事力行使に訴えてでもこれを阻止する。
  • 人間の認識を標的とする情報戦。ドローン戦争。電磁波作戦能力(電波妨害、偽情報、スマートフォンジャック)。サイバー攻撃マルウェア、電力網制御)。
  • ハイブリッド戦争=多様な主体と方法を混在させて戦う戦争。
  • 戦争の「特徴」=新しい兵器、戦術、編制
  • 戦争の「性質」=戦争のあり方そのもの(例・ナポレオン軍の祖国防衛戦争)
  • ロシアがウクライナで用いた手法は、戦争の「特徴」を変えるものであったのか、それとも戦争の「性質」自体を変えたのかは明らかでない。
  • 特殊性=人類の戦争の歴史では珍しくないハイブリッドな軍事力行使を21世紀の欧州に持ち込んだ点。
  • 国家はなぜ戦争に非国家主体を巻き込もうとするのか? → 弱者の戦略
  • ハイブリッド戦略を用いる弱者にとって決定的に重要なことはなにか? → 人民の支持
  • 戦争は非軍事的手段によっても遂行される
  • 接触戦争
  • 敵の経済力の80%を破壊すれば、国民は自国の政府を支持しなくなり、自発的に政府を打倒する
  • 古典的な地上軍の投入によらずして戦争に勝利する
  • 手段は何も軍事力に限らない
  • 人々の認識をコントロールすることができれば、手段自体は非暴力的なものであったとしても、それがもたらす帰結自体は暴力的なものとなりうる
  • 革命とは心理的な現象であり、したがって敵国民を対象とした心理的攻撃によって破壊することができる
  • 情報を通じた心理戦が決定的な意味を持つ=非線形戦争。人々対人々の戦争で、平時と有事の区別は存在しない。
  • 今やロシアは絶え間ない西側との「非線形戦争」「永続戦争」の戦時下にある。
  • プーチンの世界観「背後で操るものがいなければ、大衆は立ち上がらない。大衆は国家の道具や手段であり、ものを動かすテコである。」
  • 戦略的抑止=限定的に実力を行使して「適度なダメージ」を与えることにより相手の行動を変容させる。
  • 強権的な手法に頼るほど社会に不満が募り、「プーチンの恐れるもの」は少しずつ実体を伴っていく?
  • 非軍事的手段が軍事的手段に取って代わるというビジョンは本当に現実的と言えるのか?
  • 非軍事的手段は戦争の「性質」そのものを変えるとまでは言えず、軍事力は依然として戦争の主役であり続けている。
  • ひとたび大規模に暴力が行使される事態が起これば、やはり軍事力が中心とならざるを得ない。
  • 非軍事的手段はその威力を増大させる「増幅装置」や「補助手段」
  • ウクライナ介入作戦では、古典的な軍事的手段すなわちロシアの正規軍が重要な役割を果たした。
  • 非軍事的手段は、それ自体では闘争手段としては機能しなかった。
  • 領域国民国家が有する動員力
  • 装備や訓練が行き届いた軍隊が形勢を逆転した。
  • 民兵は都合よく動いてくれない
  • 2段階アプローチ:非軍事的手段による闘争が失敗したらそこで軍事的闘争手段が登場するという考え方
  • ①非軍事的手段による闘争 → ②ハイブリッドな手法を用いる低烈度闘争 → ③正規軍による高烈度闘争
  • ロシアのシリア介入は外交・安全保障政策の大転換
  • ロシアはなぜ限られたリソースでこれだけの大きな軍事的成功を収めることができたのだろうか? → 軍事力が戦争における勝利だけでなく、ロシアにとって有利な「状況」を作り出す役割を担った。
  • あらゆる軍事紛争が、最終的には西側との大規模戦争に収斂していく。しかし、個々の戦闘局面では劣勢に立たされる可能性が高い。
  • そこで「接近阻止・領域拒否」(自国からなるべく遠いところで迎え撃つ)「損害限定戦略」(相手国に対し小規模または大規模な打撃を行って組織的な軍事作戦遂行能力を一定期間麻痺させ、迅速な勝利の達成を不可能にさせることにより、戦争継続に関する政治的決意を鈍らせる)
  • 米国が経済的・技術的にキャッチアップ不可能な手段に出てきた場合には、より安価かつローテクな方法でこれに対抗する=伝統的なアプローチ
  • 世界の宇宙大国に中におけるロシアの相対的な地位は相当低下している
  • 有事において敵の宇宙作戦能力を引き下げる(人工衛星を破壊するのではなく、センサーや通信だけを妨害する)
  • それでもロシア軍が劣勢となった場合は、
  • 「地域的核抑止」:戦略核戦力によって全面核戦争へのエスカレーションを阻止しつつ、戦術核兵器の大量使用によって通常戦力の劣勢を補う
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