どんな本?
- 本書はとても真摯かつ丁寧にポピュリズムを解説しています。
- 本の内容がスッと頭に入ってきます。その理由は、「○○なのはなぜか。それは…だからである。」「△△の特徴は、第一に、…。第二は、…。第三は…。」と文章の構成が非常にわかりやすく整理されているからです。まるで評論文のお手本のような文章です。
- 具体例を豊富に挙げつつ、かといって深入りしすぎてもおらず、理解を深めるのにちょうどよい量と質です。
- 私はポピュリズムを「感情に訴えて無知な人々を扇動しようとする政治手法」くらいに軽んじていました。しかし、この本を読んで私の理解が浅薄であることに気が付き、自分が恥ずかしくなりました。「この本に出会えてよかった!」と久々に震えました。
石橋湛山賞は、(一財)石橋湛山記念財団により、東洋経済新報社と(一社)経済倶楽部の後援の下に、 1980年に創設されました。政治経済・国際関係・社会・文化などの領域で、その年度に発表された論文・著書の中から、 石橋湛山の自由主義・民主主義・国際平和主義の思想の継承・発展に、最も貢献したと考えられる著作に贈られています。
著者は?
- 千葉大学法政経学部教授。1999年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(PD)、甲南大学法学部助教授、千葉大学法経学部助教授、同准教授、同教授を経て現職。専攻分野はオランダを中心とするヨーロッパ政治史、ヨーロッパ比較政治。
著者の問い
- 私たちは、この世界各地におけるポピュリズムの躍進をどう見ればよいのだろうか。
- ヨーロッパの先進各国において、ポピュリズムが国の基本的な方向をも左右しつつあることを、どう考えたらよいのか。
- ポピュリズムとはデモクラシーに内在する矛盾を端的に示すものではないか。
- 現代のデモクラシーは、自らが作り上げた袋小路に迷い込んでいるのではないか。
- ポピュリズムなきデモクラシーは、ありえないのだろうか。
第1章 ポピュリズムとは何か
- 固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル。政党や議会を迂回して、有権者に直接訴えかける政治手法。国民に訴えるレトリックを駆使して変革を追い求めるカリスマ的な政治スタイル。指導者が大衆に直接訴える政治。
- 「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動。政治変革を目指す勢力が、既成の権力構造やエリート層を批判し、「人民」に訴えてその主張の実現を目指す運動。「上」のエリートたちを下から批判する。
- ポピュリズムには4つの特徴がある。
- 主張の中心に「人民」を置いていること
- エリート批判
- カリスマ的リーダーの存在
- イデオロギーの薄さ
- ポピュリズムの主張の多くは、実はデモクラシーの理念そのものと重なる。例えば、直接民主主義的諸制度の積極的活用。ポピュリズムは民衆の直接参加を通じた「よりよき政治」を積極的に目指す「下」からの運動であり、既存のデモクラシーの問題を一挙に解決することをめざす、急進的な改革運動である。
- ポピュリズムは、デモクラシーの発展を促す。
- 「サイレント・マジョリティ」に政治参加の機会を提供する
- 既存の社会的な区別を越えた新しい政治的・社会的なまとまりを作り出し、新たなイデオロギーを提供する
- 重要な課題を政治の場に引き出すことで、人々が責任をもって決定を下すようになる
- 一方で、デモクラシーの発展を阻害する面も持つ。
- 権力分立、抑制と均衡といった立憲主義の原則を軽視する傾向がある
- 政治的な対立や紛争が急進化する危険がある
- 政党や議会、司法機関などの非政治的機関の権限を制約し、「良き統治」を妨げる危険がある
- 単純にポピュリズム政党を批判し、排除するのみでは、問題解決にならない
第2章 なぜポピュリズムはラテンアメリカを席巻したのか
- ラテンアメリカの政治指導者は、変革を実現し、混乱した時代に大衆に救いをもたらす存在、大衆に帰属感を与える存在として絶大な信頼を獲得した。
- 彼らは社会を改革し、大衆の生活を改善することを約束した。彼らは変革と進歩を表す存在だった。
- ラテンアメリカにおけるポピュリズム登場の背景には、歴史的に形成された社会経済上の圧倒的な不平等がある。
- 欧米志向の白人エリートが政治を独占するなかで、都市の人々に疎外感が広がり、人々に帰属感を与える新たなリーダーが受け入れられる土壌が育っていった。
- ラテンアメリカにおけるポピュリズムは、政治経済上の重大な変動期(決定的局面: critical junctures)に発生する。
- ラテンアメリカのポピュリズムの特徴
- 交通手段、コミュニケーション手段を活用して支持を広げた
- 支持層が多様だった
- 保護主義を採り国内工業の発展を優先した
- ナショナリズムに基づき公共部門を国有化し、ラテンアメリカの文化を強調した
- 秘密選挙や普通選挙を導入し、民衆を包摂した
アルゼンチンのペロン
- アルゼンチンのペロン(Juan Domingo Peron)は、1943年に成立した軍事政権で国家労働局長に任命されると、積極的な労働政策と政治スタイルで労働者層の強い信頼を獲得した。
- 1946年の大統領選挙では時点に30万票差をつけて当選した。ペロンは労働福祉政策、国内工業の重視、外国資本の排除と国有化を進め、その手法はペロニズムと称された。
- ペロンの妻エバ・ペロンは、大統領夫人として公的な活動を活発に展開した。彼女は1952年に志半ばで逝去するが、その後もペロニズムのシンボルとして輝き続けた。
- ペロンは「尊厳ある生活」の理念の下、政府が商品経済への介入を進め、大衆消費社会を創出した。同時に、ペロニズムを支える政治的主体として、独自の行動様式と意識を持つ消費者も生み出した。
ラテンアメリカに残る土壌
- ラテンアメリカでは、構造的な不平等と圧倒的な貧富の格差が現在も続いている。
- インフォーマルセクターと呼ばれる、物売り、靴磨き、運び屋など多種多様な職業の人々をはじめ、労働者階級の下の住民が4割を占める。彼らは多様でまとまりにくい。これに対しポピュリズムは、彼らを一つにくくりだし、「真の利益を代表する」と主張して、支持を獲得する。
第3章 なぜ現代ヨーロッパでポピュリズムが支持されるのか
1990年代以降、ヨーロッパでポピュリズムが躍進した理由
- グローバル化やEU統合の進展等を受け入れる既成政党に対し、ポピュリズム政党が果敢に切り込むことで有権者の不満を救い上げることに成功したため
- ポピュリスト政党が既成政党の政治腐敗を批判することで、無党派層の熱烈な支持を受けることができたため
- ポピュリズム政党が低所得層や低学歴層を代表する存在として、エリートの進めるグローバル化やヨーロッパ統合に反対し、支持を集めることに成功したため。
第4章 なぜデンマークとオランダでポピュリズムが支持されるのか
「反イスラム」を唱える「リベラル」なポピュリズム政党
デンマーク
- デンマークは言論の自由を重んじているので、イスラム批判を行う自由に対する広範な支持がある。それゆえ、リベラルな価値を前提にテロを非難し、イスラムの問題性を訴え、移民・難民制限を訴えるデンマーク国民党の主張は、受け入れられる素地がある。
オランダ
- 1950年代以降、オランダは労働力として移民を受け入れてきた。その結果、外国にルーツを持つ国民は全体の2割に達している。
- これに対し、フォルタインは政教分離や男女平等といった西洋的価値や啓蒙主義の理念による普遍的価値観を称賛したうえで、イスラムが「後進的」であると批判した。
- フォルタインに次いで登場したウィルデルスは、より徹底したイスラム批判・政治エリート批判で支持を集め、彼が設立した一人政党である自由党はしばしば世論調査で第一党となる。
第5章 スイスは理想の国か
- スイスでは、19世紀半ば以降、国民投票制度が設立・拡充され、デモクラシーの発展に重要な役割を果たしてきた。
- 第二次世界大戦後、多様な党派・社会勢力を包摂した「協調民主主義」により政治が安定し、経済的繁栄を享受した。
- しかし、1990年代以降の経済・社会の変化により、ポピュリズム政党である国民党が躍進した。彼らの活動により、EEA(欧州経済領域)加盟否決(1992年)、国連平和維持活動への軍派遣の否決(1994年)、EU加盟を目指した早期交渉を求める国民発案の否決(2001年)となった。近年では、「ミナレット建設禁止」条項を憲法に加えることの国民発案が57.5%、特定の重犯罪者となった外国人を自動的に国外追放する国民発案が52.3%、外国人の滞在者数に上限と割当制を導入する国民投票が50.3%の賛成票を獲得し、「協調民主主義」にNOを突き付けた。
- 憲法改正の国民投票は、可決されれば原則的に行政府や立法府の裁量を許さず実施させることができる点で、「不寛容」が全面的なお墨付きを与えられることがある。また、スイスでは女性参政権の導入が1959年の国民投票で否決され、医療保険法の成立が1994年になるなど、「国家による保護」の発展が遅れたのも事実である。
- 国民投票の制度は、いったい誰のために機能しているのだろうか。
- スイスは、その純粋民主主義的な制度のゆえに、ポピュリズムによる先鋭的な主張が有効に作用する民主主義でもある。
第6章 イギリスのEU離脱
イギリス独立党
- イギリス独立党は、欧州議会選挙、総選挙、地方議会選挙のいずれにおいても強く存在感を発揮した。
- 2013年の地方選挙で計147議席、2014年の地方選挙で163議席、2015年には202議席を獲得した。
- 2014年の欧州議会選挙で、保守党と労働党を超える400万票、27.5%の票を得て、第一党となった。
- 2015年総選挙では、得票率を前回選挙の3.1%から12.6%へと大幅に伸ばした。
「置き去りにされた(left behind)人々」
- 中高年のブルーカラー労働者を指す
- イギリスに対するアイデンティティが強い
- 移民や外国人に対して否定的
- EUに批判的
- 保守党、労働党とも高学歴の中間層をターゲットに置き支持を得た半面、労働者層の離反を招いた
- イギリス独立党は「置き去りにされた人々」への訴えを強化することにより、人々の心をつかみ、その支持を集めることに成功した
「チャブたち(chavs)」
- chavとは、労働者階級出身の、粗野な若年層に対する侮りを込めた呼称。公営住宅に住む白人労働者層をイメージした表現で、中産階級の持つ品のよさとは対極に位置する。
- オーエン・ジョーンズは、イギリスでは格差と困窮が広がっていること、自己責任原則が広まり、失業者には「怠惰」とのレッテルが貼られ、社会的な批判が向けられていること、しかし産業構造の転換による失業者に批判を向けるのはお門違いであり、深刻な社会的分断を招いていると論じた。
EU離脱をめぐる国民投票
- 保守党のキャメロン首相は、国民投票でEU残留を確定させることで保守党内の分裂を克服し、求心力を回復しようとした。
- 国民投票の前の時点で、イギリスの政治・経済・文化エリートが声をそろえてEU残留を訴えていた。国民投票がこれを覆すとは、誰が想像したであろうか。
- 「置き去りにされた」人々は、EU統合が雇用や移民をめぐる問題をないがしろにするものと受け止めた。
- 残留派は離脱による経済面の打撃を強調したが、「置き去りにされた」人々の心には響かなかった。
- 投票の結果は、離脱票1741万票(52%)、残留票1614万票(48%)、投票率は72%に達した。
- 地方に住む「置き去りにされた」人々が、国際都市ロンドンのエリート層を圧倒する逆転劇だった。
- しかし、1740万人を超える人々が一時的な扇動や感情のままに行動したと見なすのは説得力に欠ける。
- ジョーンズは『ガーディアン』で、今回の投票結果はまさに「労働者階級の反逆」だったと論じた。
- 労働者階級への軽蔑こそが、今回の投票結果を生んだ。その軽蔑の念を一層強め、言語化したところで、問題は解決するどころか深刻化の一途をたどるだろう。
第7章 グローバル化するポピュリズム
- トランプの勝利をもたらしたのは、アメリカ中西部から北東部に広がる旧工業地帯の人々だった。
- 20世紀に鉄鋼業や製造業でアメリカ経済をけん引してきたこの地域は、産業構造の転換や生産拠点の外国移転により空洞化し、失業の増加と貧困の広がり、犯罪や麻薬による荒廃が進んでいた。
- そこへトランプが自国産業の復活を訴えた結果、かつて民主党を指示した白人労働者層からも強い期待が寄せられた。
- 結果として諸州ではほぼトランプが制し、大統領選の勝敗を決した。
イギリスとアメリカの相似
- いずれも「衰退地域の白人労働者層」が「反乱」を起こした
- いずれも事前調査で劣勢とみられた側が最終的に勝利を収めた
世界の動向
- 日本では、「日本維新の会」が躍進を果たした。その母体となる「大阪維新の会」は、大阪府議会・大阪市議会選挙で勝利し、大阪府知事・大阪市長選挙でも勝利して、大阪府内で圧倒的な存在感を示していた。
- フランスやドイツでもポピュリズム政党が支持を集めている。
ラテンアメリカ型ポピュリズムと西欧型ポピュリズムの違い
ラテンアメリカ型ポピュリズム
- 「解放」(社会改革や分配)
- 圧倒的な社会経済的格差が背景にある
- 選挙権の拡大、企業国有化、労働者保護、貧困層向け社会政策、先住民への権利付与などの左派的・改革的政策が特徴
- 「バルコニーから演説する」(リーダーが声を張り上げて演説し、広場を埋め尽くす群衆が歓呼の声を挙げる)→大衆動員を通じて支配エリートに圧力をかけるため
西欧型ポピュリズム
- 「抑圧」(移民・難民排除)
- ヨーロッパのポピュリズム政党は、既存の制度による「再分配」によって保護された受益者層(移民・難民など)を「特権層」とみなし、その「特権層」を引きずり下ろすことを訴える(=引き下げデモクラシー)
- 「難民に生活費を支給するくらいなら、私たちの子どもに回してほしい」
- 支配的価値観への文化的対抗 「政治家やメディア、学界は移民の犯罪率の高さを認識しつつ、これに口をつぐんできた」
- 「テレビから視聴者に語りかけ、インターネットを通じて発信する」→「サイレント・マジョリティ」に訴え、その共感を呼ぶことで支持を集めるため
さらなる論点
- 今や西欧型ポピュリズム政党の主張は、自由、権利、平等、価値といった西洋社会の基本的価値の擁護と重なり、強い説得力を持つに至った。
- ポピュリズム政党の命運はカリスマ的リーダーの強烈なリーダーシップに大きく依存していると理解されている。しかし、実際には既存の政治に違和感を持つ有権者の支持を継続的に集めることに成功している。
- 既成政党は、ポピュリズム政党から無策を批判された政策を正面から取り上げざるを得なくなる。その結果、人々の不満が汲み上げられ、デモクラシーへの信頼の回復に貢献する可能性がある。
- 一方で、フィリピンのドゥテルテ大統領は、麻薬犯罪の容疑者などの殺害を容認し、人権無視と批判された。にもかかわらず、民衆の強い支持が寄せられている。
- 現代のデモクラシーは、ポピュリズムを巧みに使いこなせるほど成熟しているといえるのか。