きっかけ
私は、人事部で働いた経験があります。何の権限もない、下っ端の若い担当者としてではありますが、賞与計算、退職金制度運営、昇進昇格事務、さらには契約社員の管理や派遣会社とのお付き合いなどにも関わりました。そのためか、この裁判の最高裁判決のニュースに、私は多大なる興味を惹かれてしまいました。
そこで私は、自分なりに理解を深めつつ、感想みたいなものも残しておこうと思い立ちました。しかし、近頃、「ニュース記事の本文すら読まず、見出しだけで反射的に反応するSNSユーザーが多い」と言われています。そこで私は、「そんならおれは判決文から読んでやる」と息巻いて、パソコンの前に腰掛けた次第です。
なお、私は人事部で少々仕事をしただけの素人で、士業の有資格者でもなんでもありません。
簡単にまとめると…
- 大阪医科大学で2年間アルバイトとして勤務していた50代の女性が、正社員には賞与と私傷病による欠勤時の賃金が支払われるのに、アルバイトにはないのは違法として訴えた事件。第一審は棄却、第二審は違法を一部認定したが、女性が上告した。
メモ(事実関係)
- 本件は、大阪医科大学と有期労働契約を締結して勤務していた女性が、無期労働契約を締結している正職員と女性との間で、賞与、私傷病による欠勤中の賃金等に相違があったことは労働契約法20条(平成30年法律第71号による改正前のもの)に違反するものであったとして、大阪医科大学に対し、不法行為に基づき、上記相違に係る賃金に相当する額等の損害賠償を求める事案である。
- 労働契約法20条
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
- 女性は、2013年1月29日、大阪医科大学との間で契約期間を同年3月31日までとする有期労働契約を締結し、アルバイト職員として勤務した。その後、女性は契約期間を1年として上記契約を3度にわたって更新し、2016年3月31日をもって退職した。なお、女性は,2015年3月に適応障害と診断され、3月9日から2016年3月31日まで1年間出勤せず、2015年4月から5月にかけての約1か月間は年次有給休暇を取得した扱いとなり、その後は欠勤扱いとなった。
- 当時、大阪医科大学には、事務系の職員として以下の4種類の職種が存在した。
- 正職員(無期労働契約、月給制)
- 契約職員(有期労働契約、月給制)
- アルバイト職員(有期労働契約、時給制)
- 嘱託職員(有期労働契約、月給制または年俸制)
- アルバイト職員には、賞与、年末年始及び創立記念日の休日における賃金、その余の年次有給休暇、夏期特別有給休暇、私傷病による欠勤中の賃金並びに附属病院の医療費補助措置は支給又は付与されていなかった。
- アルバイト職員は,アルバイト職員就業内規上、雇用期間を1年以内とし、更新する場合はあるものの、その上限は5年と定められており、その業務の内容は、定型的で簡便な作業が中心であった。
- アルバイト職員については,アルバイト職員就業内規上、他部門への異動を命ずることがあると定められていたが、業務の内容を明示して採用されていることもあり、原則として業務命令によって他の部署に配置転換されることはなく,人事異動は例外的かつ個別的な事情によるものに限られていた。
- 大阪医科大学においては、アルバイト職員から契約職員、契約職員から正職員
への試験による登用制度が設けられていた。前者については、アルバイト職員のうち、1年以上の勤続年数があり、所属長の推薦を受けた者が受験資格を有するものとされ、受験資格を有する者のうち3~5割程度の者が受験していた。2013年
から2015年までの各年においては16~30名が受験し,うち5~19名が合格した。また、後者については、2013年から2015年までの各年において7~13名が合格した。 - 女性の業務内容は、所属する教授や教員、研究補助員のスケジュール管理や日
程調整、電話や来客等の対応、教授の研究発表の際の資料作成や準備、教授が外出する際の随行、教室内における各種事務(教員の増減員の手続,郵便物の仕分けや発送、研究補助員の勤務表の作成や提出,給与明細書の配布,駐車券の申請等)、教室の経理、備品管理、清掃やごみの処理、出納の管理等であった。 - 大阪医科大学は、女性が多忙であると強調していたことから、欠勤した際の後任として、フルタイムの職員1名とパートタイムの職員1名を配置したが、恒常的に手が余っている状態が続いたため、1年ほどのうちにフルタイムの職員1名のみを配置することとした。
- 大阪医科大学においては、正職員に対し、年2回の賞与(基本給4.6ヶ月分)が支給されていた。また、契約職員には正職員の約80%の賞与が支給されていた。これに対し、アルバイト職員には賞与は支給されていなかった。なお、アルバイト職員である第1審原告に対する年間の支給額は、2013年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額の55%程度の水準であった。
- 正職員が私傷病で欠勤した場合、正職員休職規程により、6か月間は給料月額の全額が支払われ、同経過後は休職が命ぜられた上で休職給として標準給与の2割が支払われていた。これに対し,アルバイト職員には欠勤中の補償や休職制度は存在しなかった。
メモ(最高裁の説明)
①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)について
- 原告女性の業務は、その具体的な内容や、第1審原告が欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると、相当に軽易であることがうかがわれる。これに対し正職員は、これに加えて、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務、毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があった。よって、両者の職務の内容に一定の相違があったといえる。
②当該職務の内容及び配置の変更の範囲について
- 正職員については、正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはない。よって、変更の範囲にも一定の相違があったといえる。
③その他の事情について
- 教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至ったことについては、教室事務員の業務の内容や、大学が行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものといえる。
- アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていた。
以上の理由により、労働契約法20条にいう不合理と認められるものには当たらない。
感想
- 厄介なおばさんが人事に難癖つけてきたのが始まりだったのかな…と想像しました。
- 人事は、すべての従業員に対して、公平・公正であることを求められます。難癖をつけられたからと言って、その人だけを厚遇することはできません。何を言われようと、不当な要求はガンと撥ねつけ、守るべきラインを死守するのが人事です。しかし、正論で説得しにかかっても、気持ちの収まらないのが人間というもの。そこを上手になだめて、穏便に済ませられるかどうか。そのあたりが人事の頭痛の種であり、腕の見せ所だと私は思います。大阪医科大学の人事の方も、そのあたりは十分心得ていたでしょう。それでも訴訟にまで至ってしまったということは、よっぽど厄介な人なのだろう…と思わざるを得ませんでした。
- 私が最高裁の判決文を読んでいて最も驚いたのは、第二審で大阪高裁が原告の訴えを一部認めたことと、その理由です。
- 大阪高裁は、①女性がフルタイムで勤務していたこと、②「賞与は就労したこと自体に対して支給する考えである」こと、の2点を理由に、正職員とアルバイト職員の待遇格差を不合理と判断しました。しかし、人事からすれば、所定労働時間が同じフルタイムという理由だけで不合理と判断されてはたまりませんし、「賞与は就労したこと自体に対して支給する考えである」などと一方的に決めつける態度に至っては、企業経営や人事に対する侮辱であるとさえ感じました。
- 一方で、原告になったつもりで想像してみると、「○○さんは正職員のくせに私とおんなじ仕事しかしてへんやん!」と感じる場面が多々あったのかもしれません。実際、どんな職場にも、「あの程度の仕事ぶりで、自分より給料もらってるとかあり得ん!」と憤慨したくなる人はいます。
- また、この原告の女性は、適応障害と診断され、欠勤したとあります。職場の人間関係が修復不可能なほどにこじれて、居場所を失った結果、心が追い詰められてしまったのかもしれません。このようなとき、正職員であれば、なんとか別の職場をあてがって様子をみることもあるでしょう。しかし、アルバイトとなるとそうはいきません。会社側からすれば、しょせん臨時の労働者にそうそう構っていられませんから、「うちで頑張ってもらわんでも」という気持ちにもなります。そんなすれ違い、行き違いを想像しました。
- なんやかんや言うて、社内で「あの人は優秀」と評される人が、この手の沙汰の当事者になることはありません。そういう人は、自身の処遇に満足しているので、会社に楯突く必要がないからです。
- 当事者となりうるのは、自身の処遇に満足していない人、もっと言えば、自己評価と他己評価に相当なギャップのある人です。人事は、こういうクレーマー予備軍を把握し、上長を通じて巧くコントロールすることが求められます。
- ところで、しばしば、会社の人事制度に対して、「もっと評価に差をつけるべきだ」と主張する人がいます。こう主張する人も、やはり自身の処遇に満足している人です。言い換えれば、自分が低い方の評価で差をつけられるとは全く思っていない人です。
- 管理職から平社員への降格人事を積極的に行うことを主張する人も、自身がその対象になるとは決して思っていないでしょう。